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通り過ぎない観光へ ― 南阿蘇サイクルトレジャー

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車で走り抜ければ数分で過ぎ去ってしまう道も、自転車なら風の匂いや土の香り、そして何気ない田園風景の中に息づく「南阿蘇の日常」を五感で感じることができます。田んぼの脇を抜け、川の音が近づき、ふと足元から湧き出る水に気づく。そうした一つひとつの場面は、速度を落としたときにはじめて見えてくるものだと感じています。
地元の人にとっては当たり前の「田んぼや水路を身近に感じる時間」こそが、訪れる人々にとっては最高の癒やしであり、地域の本物の魅力を再発見する瞬間になります。南阿蘇の価値は、よく知られた名所だけでなく、名所と名所のあいだの景色にも宿っているのではないでしょうか。
みなみあそ観光局は、ゆっくり移動することで地域をより深く知る「スローツーリズム」の価値を信じています。では、なぜ今、そしてなぜ南阿蘇で、サイクルツーリズムに取り組むのか。この記事では、その背景と考え方、具体的な取組を整理します。

南阿蘇村は「水の生まれる郷」と呼ばれ、村内には11箇所の水源地があります。阿蘇の山々と田園が広がり、見どころは広いエリアに点在しています。そのため、車で訪れる旅行者にとって、目的地と目的地のあいだはどうしても「移動時間」になりがちです。
みなみあそ観光局が運営するレンタサイクルは、年々利用が広がっています。2026年7月の発表では、年間約1,500名の国内外の旅行者に利用されています。利用が増える一方で、現場では「素晴らしい自然や湧水があるのに、目的地へ急ぐあまり通り過ぎてしまうのはもったいない」という課題を感じていました。

自転車で走る体験の質は、3つの要素の掛け合わせで決まると整理しています。1つ目は「速度」です。徒歩ほど遅くなく、車ほど速くもない自転車の速度は、景色の変化を追いながら、遠くまで足を伸ばすことができます。2つ目は「きっかけ」です。景色が良いというだけでは、人はなかなか足を止めません。湧水を巡る「水めぐり」や謎解きのように、立ち止まる理由があると、通り過ぎていた場所に自然と目が向きます。3つ目は「受け皿」です。初心者でも走れる機材、出発前の安全指導、乗り捨てができる仕組みなど、安心して走り出せる環境がなければ、体験は広がりません。
この3つが揃うと、「また来たい」という気持ちにつながる好循環が生まれると考えています。目指しているのは、単一の人気コンテンツではなく、家族連れから本格的なサイクリストまでが、それぞれの楽しみ方を選べる状態です。
受け皿の中心にあるのが機材です。みなみあそ観光局は、坂道を気軽に楽しめる電動アシスト付きスポーツ自転車(e-bike)を導入し、お子様向けのMTBも拡充してきました。ご家族で村内の湧水を巡る「水めぐり」は、その代表的な楽しみ方です。
一方で、本格的に走りたいサイクリストにとっても、南阿蘇は魅力的なフィールドです。阿蘇山上へのヒルクライムはその代表で、国際ロードレース「マイナビ ツール・ド・九州」では、2023年、2024年、2025年、2026年の大会で、熊本側のステージのゴールが南阿蘇村に置かれました。
同じ道を、初心者の家族も世界のトップ選手も走る。この幅の広さが、南阿蘇のサイクルツーリズムの特徴だと感じています。「車で来て、あえて自転車を楽しむ」という過ごし方を選ぶ方も増えており、車か自転車かという二択ではなく、旅の中に自転車の時間を足す楽しみ方が広がっています。

「きっかけ」をつくる取組として、2026年7月に始めたのが「南阿蘇サイクルトレジャー」です。自転車で約12kmのルートを巡り、湧水や絶景の道、現地の案内看板や建物に隠されたヒントを探して謎を解きます。すべての謎を解いてゴールの店舗に戻ると、正解した人だけが開けられる宝箱が待っています。
企画したのは、自転車好きの南阿蘇村地域おこし協力隊のスタッフです。自分たちでルートを何度も走り、サイクリスト目線で「気持ちいい道」と「立ち止まってほしい湧水」を選び、謎も手作りで用意しました。謎解きという目的が加わることで、湧水に触れたり景色を眺めたりする時間が自然と増え、3時間ほどかけて南阿蘇を味わう旅になります。
参加費は1,000円(税込)で、自転車は持ち込みもできます。受付は、道の駅あそ望の郷くぎのにあるアクティビティセンター南阿蘇です。
南阿蘇サイクルトレジャーの詳細はこちら(みなみあそ info)


自転車を取り巻くルールも変わりました。2026年4月1日から、16歳以上の自転車利用者にも、交通違反に対して反則金を納める「青切符」の制度が始まっています。旅先で気軽にペダルを踏む観光客にとっても、無関係ではありません。
こうした変化を受け、みなみあそ観光局は、機材を貸し出すだけでなく、出発前のインストラクション(走行ルールや安全指導)を徹底しています。ルールを知らないまま走り出すことのないよう、貸し出す側が最初の一歩を支える責任があると考えています。海外の方が「知らなかった」とならないよう、受付・確認フォームの多言語化、熊本県警から提供いただいた多言語でのルール案内資料の活用も行っています。
また、立野駅や高森駅を拠点としたシェアサイクルの実証も行っており、さらなる利便性の向上にも取り組んでいます。

サイクルツーリズムは、自然の中を走る観光です。だからこそ、自然を消費するのではなく、守る力にもなれる形を目指したいと考えています。今後も、ただ通り過ぎるのではなく地域の自然を守りながら楽しめるサイクルツーリズムを、より安全で開かれたものへと発展させていきます。
南阿蘇のサイクルツーリズムは、まだ発展の途中です。機材、きっかけ、安全、そして自然との関わり方。どれか一つの正解があるわけではなく、観光局、地域の事業者、行政、そして訪れる人がそれぞれに関わりながら育てていくものだと感じています。
視察や研修で南阿蘇を訪れたい自治体・事業者の方、サイクルツーリズムでの連携にご関心のある方は、ぜひお声がけください。現場を一緒に走りながら、意見を交わせたらうれしいです。